今年公式入場者2200万人を集め大成功をおさめた愛知万博に、医学の歴史を訪ねました
 万国博覧会には医学との以外な結びつきがあります

 明治維新期に活躍した佐野常民は1867年パリ万博に参加した際、国際赤十字の展示にふれ、組織と活動を知り深い感銘を受けました。その後西南戦争のおりに、赤十字の前身となる博愛社の設立を政府に建白したのです

 もしその時佐野が、今で言う赤十字のパビリオンを見学していなかったら、日本における赤十字活動は大きく遅れ、数多くの人が亡くなっていたかもしれません

 佐野はパリ万博の後にウイーン万博にも副総裁として派遣され、博覧会を通じて日本の近代化に貢献し、「博覧会男」の異名を得ました
 佐野が訪れたパリ万博の目玉として建設されたエッフェル塔が完成するまでの経過(モンパルナスタワーにて)

 佐野が次に訪れたウイーン万博の目玉は観覧車でした。ウイーンの市街からESAの会場に行くときに古い大きな観覧車を目にした方も多いかと思います
 万博救護所にあったSAMUカー

 日本の救急車じゃない所が万博らしいですね

 今回大規模な博覧会では初めてAEDが数多く配置され、多くの人命が救われたそうです
 サウジアラビア館には世界をリードしたアラビア医学に対する記述がありました
 サウジアラビア館の展示

 アラビア医学は7世紀頃最も栄えました。ギリシャ、ローマの古代医学を受け継ぎ、そこにシルクロードを経て中国やインドから伝わった医学が少しずつ加わって発展したものです。アラビア医学は中東が世界の文化の中心であった時代に交易の結果としてもたらされた周辺地域の伝統医学を集大成したものと言えるのです

 アラビアでは錬金術が流行し多くの化学薬品や薬物の抽出法 などが編み出されました。「化学」を意味する「ケミカル」の語源はアラビア語 の錬金術を指す「アル.ケミア」です。アルコール、アルカリ、カンフル等の用語やシロップやエキスというものも当時アラビアで創られたものです。錬金術が盛んに試みられる過程で蒸留や昇華のような化学操作も考え出され、化学物質も多く造られました。現在の西洋医学における医薬品の発達の基礎はこの時期のアラビアの薬品医学に負うところが多いのです
 アフリカのガーナ館には言わずと知れた野口英世博士の功績を記念した展示がありました
 日本開催の万博における展示とはいえ、現地の人々が日本人である野口博士に深い感謝の念を持っている事が、とても嬉しく思えました
 万博では、普段行く事のできないアラブやアフリカの国々のパビリオンが楽しかったです(トヨタ館や日立館も、もちろん良かったのですが...)