麻酔・蘇生学講座助手 
小 林 俊 司 

 私は2004年7月から2年間、アメリカ合衆国のペンシルバニア州フィラデルフィアにある、ペンシルバニア大学医学部・麻酔学教室 (Department of Anesthesiology and Critical Care, University of Pennsylvania School of Medicine)、David M. Eckmann博士の研究室に勤務させていただきました。
(Eckmann博士については、下記ホームページをご参照下さい。)

 http://www.uphs.upenn.edu/dripps/research/eckmann.html http://www.uphs.upenn.edu/dripps/faculty/index.html

 ペンシルバニア大学キャンパス

 雷の実験で有名なBenjamin Franklinですが、ペンシルバニア大学の設立にも寄与しました。ペンシルバニアンにとっては英雄的存在です。

 フィラデルフィアはアメリカ合衆国が、独立宣言を行った街として有名で、その象徴でもあるLiberty Bellには、アメリカ全土から観光客がやって来ます。人口150万人、全米第5の大都市なのですが、その一方で郊外には、雄大な自然が残されております。私の滞在したアパート内にも大木が林立し、リスや鹿、アライグマ、スカンクなど様々な動物を見ることができました。私は当初、妻と2人の子供を連れて渡米したのですが、滞在中には3人目の子供を得ることとなりました。そんな私の家族にとっても最高の環境で、大都市近郊にこのような住環境の存在することが、とても羨ましく思われました。

 アパート内の様子。何本もの大木があり、小動物がたくさん住んでいます。 

 浜松医科大学麻酔・蘇生学講座とEckmannラボとの人的交流は、1999年頃より同講座の佐藤教授とEckmann博士が中心となり、始められました。麻酔の研究部門には、20数名のPrincipal Investigator (PI; 研究統括者) がおり、それぞれのラボを構えていますが、その多くは数名単位の小規模なものです。Eckmannラボも、博士課程の院生まで含めて、10名程度のメンバーでした。Eckmann博士は経験豊富な臨床麻酔科医でもありますが、ガス塞栓症やマイクロバブル(微小気泡)に関する研究では世界的に有名です。その研究の多くは、生体工学、化学、流体力学などの研究室と共同で行われており、メンバーもほとんどが工学部のポスドクや院生で、医師は私だけでした。私も今まで、臨床医として働きながら研究活動を続けて来ましたので、同じ臨床麻酔科医であるEckmann博士がどのように仕事をし、成果を上げておられるのか、大変興味がありました。

 (左から)Eckmann先生、医学生のSteven君、私です

 Stevenは数ヶ月間、私の実験を手伝ってくれました。そのプロジェクトが終了したので、皆でランチを食べに行った時の写真です

 麻酔の研究部門では、部門トップのEckenhoff教授が吸入麻酔薬のMolecular pharmacologyをテーマにしていることが象徴するように、他の分野同様、分子生物学的アプローチを主体とした研究が盛んです。一方Eckmannラボでは、マイクロバブルの挙動を工学的観点と、医学的観点から研究してきました。医学的アプローチとしては、小動物や摘出標本を用いたクラシカルな実験系を主としていたのですが、いよいよ単一細胞レベルでの研究が必要になり、私のプロジェクトからはマイクロバブルが、血管内皮細胞に及ぼす影響を調べることとなりました。そのため私は半年ほど、同大学内・生体工学のDiamondラボに出向し、Diamond博士、Eckmann博士と議論しつつ基礎実験を重ね、その後麻酔学教室に戻ってプロジェクトに取り組みました。研究の過程では、幾つかのおもしろい結果に遭遇することができました。

 麻酔科研究部門のポスドク、テクニシャン達

 これで全部ではないですが、アジア系が多いです。日本人は私だけですが

 Eckmann博士の予算の使い方は実にメリハリが利いており、古い機材もよくメンテナンスして使い込んでいますし、必要とあらば高価な機材も惜しみなく導入します。「我々にとって一番大切なのは、時間である。」というのが、彼の持論でした。各PIは独自に予算を獲得していますから、コストと研究成果に関しては、自らシビアにならざるを得ないのでしょう。予算が尽きて閉鎖に追い込まれたラボも、幾つかありました。また取れた予算の額に応じて、臨床業務の割合が決まるらしく、予算が少ない医師はより多くの時間を麻酔業務でこなすということでした。そのような事情もあり、どのPIも必死で研究日は勿論のこと、臨床日でもちょっとした空き時間に研究棟へやってきては、仕事に追われていました。一般的に言って、大多数のアメリカ人は平均的な日本人より働かない印象でしたが、少数の精鋭集団が、日本人よりはるかに勤勉なのには驚かされました。

 アメリカでの研究生活は、決して楽ではありませんでしたが、これまで臨床麻酔科医として走り続けてきた私に、しばし立ち止まって、様々なことを思索するチャンスを与えてくれました。研究活動以外にも、文化・言語の全く異なる地で暮らしたことは、私や家族にとって素晴らしい経験でした。このようなチャンスを与えてくださった方々、サポートし応援してくださった方々に心から感謝するとともに、この経験を活かせる機会があれば、微力ながら還元させていただきたいと考えております。

 フィラデルフィア郊外には、古い時代の技術しか生活に用いない、Amishの人達の村があります

 何度かBBQパーティにおじゃましました
 ペンシルバニア大学時代、野口英世が働いていたとされる建物、Logan Hall
 大学の中央図書館は巨大です。5階の半分だけでもこれ程の長さが

 ここには日本語の本も無数にあり、留学中は随分お世話になりました
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