浜松医科大学麻酔科蘇生科での産科麻酔の取り組み

浜松医科大学医学部附属病院 麻酔科蘇生科 成瀬智
 

 はじめに
当科では無痛分娩を2005年に開始し、その後、無痛分娩を当科の重要な業務と位置づけて2017年には科全体で取り組むようになりました。近年では、無痛分娩だけでなく、産科麻酔領域全般で質の高い医療を実現すべくさまざまな試みをしております。今回はその取り組みをご紹介したいと思います。

① グレードAカイザー
胎児機能不全、常位胎盤早期剝離、子宮破裂、臍帯脱出などで超緊急帝王切開が必要となることがあります。当院では、2016年に、麻酔科医、産科医、手術室看護師などの各部門合同でシミュレーションに取り組み、問題点の抽出、部門毎のアクションカードの作成を行いました。麻酔科医の窓口は鈴木祐二先生が担当しました。その後も実際にグレードAカイザーを経験するごとに、問題点を共有し、アクションカードの改訂を行っております。最近では、日勤帯であれば、グレードAカイザーの発令から児娩出まで10分程度で行えるようになってきました。

グレードAカイザーシミュレーションの打ち合わせの様子

(右端:秋永智永子先生、右から3番目:鈴木祐二先生) 

② ハイリスク妊婦の事前の診察および同意書取得
緊急帝王切開を依頼され、麻酔科的あるいは産科的リスクが高く、どのような麻酔を行うべきか困った経験をされた方は多いと思います。当院では毎週火曜日に行われる周産期カンファに麻酔科医(主に秋永智永子先生)が出席し、ハイリスク妊婦に対して、麻酔科的観点で介入し、麻酔科外来受診を産科医に依頼しております。麻酔科外来では、診察のみならず、帝王切開の可能性が高い症例に対しては麻酔同意書も取得しております。また、得られた情報はリストアップし、麻酔科医間で共有して、誰が緊急帝王切開に遭遇しても対応できるようにしております。このことは第121回日本産科麻酔学会で秋永智永子先生が発表し、見事、大川賞(最優秀演題賞)を受賞されました。

③ 死戦期帝王切開シミュレーション
妊娠20週以上の妊婦が心停止となった場合、母体の蘇生の一貫として帝王切開で児を娩出させることが各種ガイドラインで推奨されており、死戦期帝王切開と呼ばれております。母体の下大静脈の圧排を解除し、酸素消費量を減らすことが蘇生の確率を上げると考えられております。しかし、妊婦の心停止に実際に遭遇したときに、迅速に対応できるようにするには、事前に、院内のコンセンサスを得て、各部門がすべきことを認識し、それぞれの連携を高めなければなりません。当院では、2018年5月のワーキンググループの立ち上げ、6月の院内勉強会、11月のりんくう総合医療センター荻田和秀先生(産婦人科)を招いての講演会を経て、12月28日に各部門合同のシミュレーションを行いました。麻酔科医役は大石龍之介先生、大橋雅彦先生、栗田忠代士先生が担当しました。初めての試みで緊張感のある中、どの担当者の方も適切に対応して下さいました。その後のデブリーフィングも含め活気と一体感のあるものになりました。今後は、今回のシミュレーションで明らかとなった問題点を解決し、いつか来る日に備え、体制を整えていきたいと思っております。

死戦期帝王切開シミュレーションの様子

(左から大橋雅彦先生、朝羽瞳先生、大石龍之介先生)

④ 産科麻酔シミュレーションの浜松開催
2018年11月24日に「産科麻酔に参加しよう」主催の「産科麻酔シミュレーションにも参加しよう」を浜松医大医学部附属病院シミュレーションセンターで行いました。関東、関西以外では初めての開催でした。聖隷三方原病院の三村真一郎先生、大学からは森下佳穂先生が受講されました。予行演習を含めた準備では、谷口美づき先生、朝羽瞳先生、滑川美南先生が活躍されました。今後も東海地区で開催し、県内の多くの先生に受講してもらえるようにしていきたいと考えております。

⑤ 産科麻酔講演
肥満や浮腫で棘突起が触れず、硬膜外穿刺や脊髄くも膜下穿刺が困難な妊婦に遭遇したことがある方は多いと思います。2018年11月22日に名古屋市立大学麻酔科学・集中治療医学分野 周産期麻酔部門の田中基先生をお招きして、エコー下の脊髄くも膜下および硬膜外穿刺について講義して頂きました。平日の夕方という時間設定にもかかわらず、学外からも多くの方が参加されました。講演の後半では実際にエコー画像を描出しながらワークショップ形式で教えて頂きました。明日からの臨床につながる内容で、参加者の方からは好評の声が寄せられました。

   産科麻酔講演会の様子

(被験者役は佐藤恒久先生)

⑥ 無痛分娩の体制構築と安全性向上にむけて
当院の無痛分娩は2005年から開始され、最近では年間約70件施行しています。麻酔管理はこれまで、硬膜外穿刺から分娩中の麻酔科的診察・管理および分娩後の硬膜外カテーテル抜去まで、全て麻酔科医が行い、夜間は無痛分娩待機麻酔科医を立てて日中と同様の対応ができるようにしてきました。しかし、近年の手術麻酔業務の増加により、無痛分娩の管理を深夜まで麻酔科医が対応することで翌日の手術麻酔業務に支障が出ることが問題となってきました。これを受けて、2018年12月より夜間の診察と初期対応を産科医・助産師に担当してもらい、対応困難の場合や緊急時に麻酔科当直医、無痛分娩待機麻酔科医(麻酔科医が対応困難な場合は救急当直医)でバックアップする体制としました。この体制を開始するにあたり、産科医・助産師向けの勉強会を開催し、産科医・助産師用無痛分娩マニュアルを作成しました。また産科医・助産師が緊急時の初期対応ができるように2018年7月から朝羽瞳先生が中心となり、全脊麻のシミュレーションを助産師・産科医を対象に月1回のペースで行っています。このシミュレーションは蘇生訓練用生体シミュレーターを用いて実際の分娩室で行い、現場で起きた時に初動が取りやすいように工夫しています。今後は局麻中毒シミュレーションを行うことも予定しております。これらの取り組みにより、安全性および質の高さを維持した上で、私たち麻酔科医にとって持続可能な体制を整えることができたと考えております。これらを含めた当院の無痛分娩体制の情報を2019年4月に無痛分娩関係学会・団体連絡協議会(JALA)の指針に沿って病院ホームページ上に公開予定です。

おわりに
私たちの取り組みを紹介しました。今後はこれらの取り組みをさらに発展させ、学会発表・SNS等を通じて情報発信していきたいと思います。