適塾
 淀屋橋駅で御堂筋線を降り東の北浜駅の方向に歩くと、すぐに門が特徴的な公園が見えてきます
 公園の中に緒方洪庵先生の坐像がありました

 緒方洪庵:1810-1863

 岡山に生まれ、後に大阪へ出て蘭学を学んだ後、長崎でオランダ人医師ニーマンのもとで医学を学ぶ。1838年適塾を開き、1862年招かれて江戸に出るまで橋本左内、大村益次郎、大鳥圭介、福澤諭吉、長与専斎、佐野常民、高松凌雲、など、幕末から明治維新にかけて活躍した多くの人材を輩出した。1863年死去(54歳)

 適塾は洪庵不在の時期も義弟や子息、門下生達に守られ、さらに分塾をするほどに発展しましたが、明治新政府の教育制度の整備と共に発展解消し、大阪医学校、府立医科大学、さらには大阪大学へと発展し、今日にいたっています
 適塾入り口

 公園の隣に目指す入り口がありましたが、もともと地味なのに加え路上駐車の影にかくれて、ちょっとわかりづらかったです
 客座敷
 台所

 腹をすかせた塾生たちがつまみ食いなどしたのでしょうか
 薬研などが展示してありました

 上の番付表は相撲ではなく、大阪にて開業している医師の評判番付です。緒方洪庵先生は1838年に開業しましたが、この3枚の番付によると、1844年には前頭三枚目、1845年関脇、1848年には大関となった事がわかります
 ズーフ部屋

 塾に一冊しかなかった和蘭辞書(ズーフ辞書)が置かれた部屋。塾生たちは奪い合うように勉強したため、明かりが消える間がなかったといいます
 ズーフ辞書
 塾生大部屋

 むさくるしい塾生たちが勉強に疲れた体を投げ出して横たわっていたのでしょうか?

 明治維新は遠い昔ではないためか、建物の中にいると幕末明治維新もつい最近あった事の様に感じられるのが魅力だと思います

 関連HP:大阪大学施設紹介/適塾
道修町
 適塾の近くにある道修町(どしょうまち)は、江戸時代輸入医薬品を中心に国内の薬剤流通を一手に担った町として知られます

 道修町のシンボル少彦名神社参道入り口です。少しわかりづらいです
 少彦名神社

 薬の神様”少彦名”と”神農”を本尊としています
 少彦名神社社務所の上には「くすりの道修町資料館」があります

 入場無料
 資料館には道修町の担ってきた役割を中心に、薬に関する事が展示されています

 道修町には薬の株仲間が置かれていましたが、株仲間のメンバーは道修町に集団で居住する事が求められたそうです。そんなわけで、今でも数多くの製薬会社が本社・支店をここ道修町においています(塩野義・武田薬品・田辺・住友・大日本・小林製薬など)

くすり道修町博物館
■開館時間 / .10:00-16:00
■休館日 / 日曜・祝日・盆休み(8/13-16)・年末年始(12/28-1/4)
■会場 / 3階:くすりの道修町資料館展示室
4階:資料・ビデオ・図書の閲覧室・道修町文書の収蔵庫
■交通 / 地下鉄堺筋線北浜駅E出口徒歩2分
地下鉄御堂筋線淀屋橋駅J出口徒歩7分
■場所 / 大阪市中央区道修町2丁目1番8号少彦名神社内ビル3・4階
■URL / http://www.kusuri-doshomachi.gr.jp
■入館料 / 無料

 塩野義製薬脇に、大阪薬科大発祥の地を示す碑もありました